2018.11.5

グロービス経営大学院教員が語る、日本のマーケティングの現状

東京大学文学部社会学科を卒業後、電通に入社。様々な企業のマーケティング部門などを経験し、コロンビア大学でMBAを取得。帰国後も外資系企業などで活躍し、現在はグロービスでマーケティングを教える立場でありながら、声楽家という肩書も持つ武井涼子氏。世界のマーケティングを知る彼女ならではの鋭い切り口で、現在の日本のマーケティングの実情について伺ってみました。

マーケティングを教えられるだけでなく、声楽家としても活躍されているということですが

兼業音楽家ということで、音楽の世界でもビジネスの世界でも手広く活動をしている人がなかなかいないとお声がけいただいています。本当にありがたい限りです。私にしかできないことは積極的に頑張ることが大事だと感じています。

マーケティングの仕事と歌の仕事は確かにスキルとしては畑違いなところも多いのですが、実は非常に似ているところがあります。それは人の心を動かすと言うことです。歌はステージ上で観客の心を動かします。そしてマーケティングも人の心を動かして物を買ってもらうのが仕事なので、本質的には一緒だと考えています。

日本のマーケティングは世界に対してどのレベルなのでしょうか?

現在の日本もマーケティングは進んでいるとはとても言えません。日本企業を見てみると、マーケティングと営業推進の差があまりない企業も多いのが現状です。それに対して今の私ができることは、カンファレンスなどに出席し、また今までのネットワークを生かして、世界のマーケティング分野で今何がなされているか?そしてこれからどういう方向に進みそうか、トレンドをお伝えすることだと思っています。ことに、インターネットによる情報収集と機械学習の発達と共にマーケティングはこの10年で大きく進化してきており、コトラーが提唱していたマーケティング・プロセスから、カスタマー・ジャーニーを使った戦略構築に大きく舵が切られているところです。そういったことをお伝えしています。

日本のマーケティングが世界に遅れをとっている原因はどんなところにあるのでしょうか?

二つのことがあるように思っています。まず組織と人材のミスマッチの問題です。日本人は箱を作った、あとはできるだろう、と思っているように思います。マーケティングの成果物はブランド戦略の考え方といった大きな全社戦略に結びつくものから、MAのスコア設定といった細かなことまで、様々なスキルを駆使して作られる大変専門的なものです。しかし、その成果物自体はコミュニケーションとして現れますから、一般の消費者が見る。結果として、一見誰でもできるような錯覚に陥ってしまいがちです。そのためもあるのか、また日本の今までの終身雇用の考え方もあって、日本では、マーケティングが専門職と見られてこなかったと思います。だから、スキルのあるマーケターがあまり育っていない。スキルのない人で箱を作ってもマーケティングはできないですね。もうひとつの理由はシステム投資の遅れです。そもそもマーケティングはデータありき。調査とそれに伴う費用への投資を大きく伴うものでした。現在ではそれにデジタル接点を中心としたデータを加え、機械学習を活用していくことが課題になっています。ですので、システム投資が大事。すでに世界ではこの分野のシステム投資はいわゆるIT分野でのシステム投資を上回っています。デジタルはすでに『安いもの』ではないのです。しかし、日本企業はマーケティング分野でのシステム投資もその活用もあまり活発とは言えません。このままでは世界に太刀打ちできない。由々しき問題だと思っております。

このような事態が起きているのは、日本は今まであまりデータを使わなくても、勘と経験でマーケティングができていたことに起因すると考えています。考え方が一様なので、空気も読める。調査しなくてもわかると言うわけです。色々な言語を母国語とする人が一か所にまじりあって暮らしているというようなこともないですし。ただ、その結果、多様な価値観に対する感受性が低くなっていると思います。一方で、グローバリゼーションの波は止めようがありません。世界を視野に入れると、多様性についていやでも考える必要があります。ぜひグローバル市場をもっと意識してもらいたいですね。しかし、留学生の数なども減っていると聞きます。世界戦略が成功するベンチャーもほとんどありません。シュリンクしていくにもかかわらず、現時点である程度規模のある日本マーケットに依存して、むしろ次第に内に閉じていっているように見えます。

日本の文化の良いところは上書きをしないところです。和を持って尊と成す、お母さんのような文化。専門的な話になりますが、音楽でも、邦楽は様々な音階や奏法が残って今でも使われている。並列なものとして扱う。例えば、昔カンボジアのオーケストラだった雅楽がいまだに残っているのは日本だけです。でも大正琴も日本にはあるよと。一方、西洋文化は音階ごと上書きしてしまいます。アップデートしてしまうのです。世界の衝突を避け、文化の併存を良しとする価値観を提供し得る文化だからこそ、今、日本文化はグローバルに発信する価値があると思っています。あと200年ぐらいすれば国境なんてなくなっていくかもしれない。だからこそ、500年後に日本文化がもっている、世界の和を考えられる要素がなくならないようにしていくことが大事だと思うんですけどね。そのためにはいたずらに海外に出ても駄目です。ことマーケティングにおいては、日本の自己流ではなく、もっと先を行く相手から真摯に学び、そのうえで、積極果敢にグローバルへ進出することが大事ではないでしょうか?

普段の授業ではどういったことを念頭に置きながら教えていらっしゃいますか?

私は東洋大学では大学生を、グロービスでは社会人に対して講師役を務めているわけですが、相手がどのような人であれ、講師とは受講されている皆様に、自分たちはいろいろな頭の使い方ができるんだ!と知ってもらえるかどうかが大事だと思うんです。私の経験の引き出しから知識をお話しすることはできます。しかしどう考えるか?というのは相手の仕事ですよね。私ができることは、この人はこんな絵を見たいのではないか?という絵をなるべく引き出して、客観的事実と掛け合わせたうえで、こういう絵のことですか?と、その様が現実的に見えるようにしてあげることだと思っています。その結果、皆さんが自分が考えたその絵から何かを感じ、さらに今まで考えてもいなかったようなことを考えられるようになると素晴らしいですね。そして、その結果、新しい経験へと踏み出せるようになれば良いなと思っています。

最近の特に大学生の皆様を見ていると、なぜ自分がこうしているのか、なんでそう思うのかについて突き詰めて考える経験をしたことがあまりないのかなと感じることがあります。みなさまとてもまじめで、ものすごく頭はいいのですが。たとえば日本の代表的な文化はと聞くと、必ず歌舞伎があがるのですが、実はほとんど誰も歌舞伎を見たことがない。なぜそれを日本の代表的文化だといえるのか?と聞くと固まってしまいます。つまりは「教科書で学びました」ということなのです。もちろん座学の効果はあると思いますが、それよりも実際に行動して経験すること、考えること、例えば、学びの場であれば、みんなでインタラクティブな学習をし「学び方を学ぶ」のが重要だと思います。

今後はどのようにしていきたいと思っていらっしゃいますか?

もちろん、マーケティングについてもさらに知識を深めていきたいですが、せっかくですから、歌とマーケティングという複業を生かせる事や、マルチ・キャリアを形成する過程で自分が考えてきたことを生かすことも考えたいですね。芸術とマーケティングの間の領域での活動はどんどん新しいことに挑戦したいですし、よく聞かれるキャリアに関すること、複業の具体的な方法論などはみなさんの興味も深いようなのでひとつアウトプットを出したいですね。今までの経験を何か使って、ということに限定しますと、私が時間をかけ、試行錯誤してたどり着いたことで有益なことがあれば、そのことをわかりやすく整理して伝えて、人がそれを理解し、身につけるまでの時間をできるだけ縮められるといいなと思っています。今の世代が10年で学んだことを、次の世代が3年でできるようになれば、人類はさらに先に進めると思うのです。ですから、今までの私の経験でも、そんなことができたら素敵だと思っています。