2018.12.10

グローバル経営から見た日本企業の強みとは?

目指したのは「強い、面白い、優しい会社」作り。

高杉さんは韓国でCEOとして長年に渡って経営されていましたが、どのようなことを意識されていたのですか?

私はCEOというのはCSRの観点から全てのステークホルダーのために強力なリーダーシップとよりよいコミュニケーションを通じ自分の哲学と夢を実現させるプロデューサーだと考えている。

この役割を果たすために、まず「強い、面白い、優しい会社」作りを経営理念として掲げ、全社に浸透させてきた。この 「強い」「面白い」「優しい」の三つの言葉は、企業を取り巻くステークホルダーのへの価値を追求することを端的に表した言葉だ。

具体的には、“ 強い” というのは、業績の視点で“ 強い” こと。「さすがゼロックスだね」と言われる良い機械、サービスを提供し、それがお客様満足度を高め、自社の業績を発展させる「企業基盤が強い会社」を目指した。

“ 面白い” というのは、従業員の視点で“ 面白い” ということ。働いている社員がやる気をもって仕事に取り組み、「社員が自分の想いを実現できるような“ 面白い” 会社」を目指した。“ 優しい” というのは、社会や環境の視点で“ 優しい” ということ。ボランティア活動や廃棄物削減活動などを通して、「社会から“ 優しい” と思われる会社」を目指した。私はこれらを実現させるために、様々な活動を継続的に行った。

日本から来たサムギョプサル会長

次に私は「社員とのコミュニケーション」を重視して経営をした。「強い、面白い、優しい会社」作りを提唱しても私一人では実現できない。この理念を全社員に理解させるために、私の五感を使ってコミュニケーションをはかる努力をした。

具体的には、四半期ごとにビデオ活用によって(私は当時韓国語が上手くなかったためスーパーインポーズを利用)会社の業績や私の思いを全国の千二百人の社員に伝えた。四半期ごとの「役員・部長合宿」、社員とのコミュニケーションの場「トーク・ナード」「労使協議会」などありとあらゆるチャネルを通じて双方コミュニケーションをはかってきた。

トップダウンのコミュニケーションだけでなく、ボトムアップのコミュニケーションも重視した。全国の営業所を定期的に周りながら、現場の社員とサムギョプサルと焼酎を一緒に食べて直接話し合うようにした。ある新聞では、その活動を「サムギョプサル会長」と名付けて報道されたこともあった。サムギョプサルを食べながら韓国焼酎を社員と一緒に飲むと、私の想いが伝わるだけでなく、現場の悩みや改善点も直接聞くことができ、信頼関係が高まった。

こうした活動の成果として、就任当時は労使上の問題も数多くあったが、就任後の三年間で関係が大幅に改善され、「強い、面白い、優しい会社」 へと大きく前進できた。

映画やドラマと一緒で経営もストーリーをきちんと作るべきである。

ストーリーが社員を動かす

社員に伝えるときに重視していたのが、ストーリーだ。例えば、映画やドラマなどを見て感動する理由は素晴らしい演技をする俳優がいるからでもあるが、そこにきちんとしたストーリーがあるからで、それがないと視聴者は感動しない。これは経営も一緒であり、そうしたストーリーをきちんと作るべきである。私は次の三つのストーリーを社員に伝えていった。

まず一つ目は、1998年韓国ゼロックスはそれまでの50:50の日韓ジョイントベンチャーから100%日本の資本出資企業に変化した。現地韓国人社員は戸惑いも多く、日本への反感も強かった。 そこで、 過去の日韓の歴史や目指している企業像をストーリー立てて伝えることで、「この会社は、資本は日本のものになったけれど、日本の会社ではなく、 主人公があなた方の韓国の会社なのです」と伝えていった。

二つ目は、それまでの韓国ゼロックスは機械売上やマーケットシェアなどを重視する規模や量中心の経営でキャッシュには目もくれていなかった。そこで、ROA経営を取り入れ、売掛金や在庫などバランスシート項目にも注意をする経営を諭し、キャッシュへの注目度や危機意識を高めていった。

三つ目は、私が良く使う言葉だが、「不易流行」という概念の浸透である。不易流行とは、「韓国伝統のよい文化や、慣習は変える必要はないが、マネジメントを推進していく上で疎外となる不必要な習慣やマナーは変えて行く必要がある」ということである。韓国は伝統ある国で良い文化も習慣もあってそれは壊す必要がない。しかし、経営体制や体質は環境変化に応じて迅速に変わっていく必要がある。このような考え方は受け入れてもらうまでに相当時間がかかった。

社員に対して「ビジョンを伝え、誠実に対応すること」こそが、厳しい環境の中でも信頼を得られた要因。

当時はどのようなことに最も苦労されましたか?

1997年のタイのバーツに端を発するアジア通貨危機は、韓国経済を奈落の底に落した。韓国はIMFの管理下に入り失業者があふれかえっていた。

突如、日本の100%資本となり日本人経営者が指揮を執る会社で、千二百人の社員の動揺は隠せなかった。私は、 就任時の挨拶で「厳しい時代ではあるが、あなたたちをリストラすることはありません」と伝えた。しかし、 IMF管理体制の韓国経済は推して知るべし。機械は売れず、アフターサービスも浸透せず、業績は悪化の一途、苦しい経営を余儀なくされた。

そのような状況下で考えられる対策はリストラであるが、 リストラしないと宣言した以上、それを実施する訳にはいかなかった。そのため、経営のイロハとして変動費である販売・管理費から手を付けなくてはならない。

万策尽きて、人件費の内の賞与を変動費と考えて、賞与を削減することを社員に説明した。ビデオなどで定期的に業績を社員に公表していたため、そうした方策も理解してもらえると期待していたが、そう上手くはいかなかった。

組合員は、机をひっくり返さんばかりに怒り、「私たちはボーナスをもらう権利がある」と言ってストライキを仕掛けた。何度説明しても、なかなか引き下がってもらえず、この時は本当に苦労した。(日本と異なり賞与は変動費ではなかったことを後で学んだ)

しかし、真摯に経営状況を説明し、「状況が良くなったら必ず支払う」と約束して、労働組合が妥協してくれた。

そして年が明け、会計年度も替わったので銀行借り入れをして旧正月前に約束のボーナスを払った。この時、「今度来た日本の会長は嘘をつかない、宣言したことは本当に実行する人だ」と称され、会社の労使関係は一気に信頼関係を修復し、以後確固たるものになった。

この時の思い出は労使紛争の忘れがたいエピソードの一つである。当たり前の話かもしれないが、社員に対して「ビジョンを伝え、誠実に対応すること」こそが、厳しい環境の中でも信頼を得られた要因となった。

全社員の向かうべきベクトルを合わせるために、ビジョンを提示できることが日本的経営の強み。

グローバルで見た時に、日本企業の強みはどのような点だと感じますか? 日韓両国での経験を基に、“日本的経営の強み”を教えてください。

ビジョンの提示

第一に、全社員の向かうべきベクトルを合わせるために、ビジョンを提示できることが日本的経営の強みだと感じる。

私がCEO就任時に、ビジョンを策定するべく、社員に「ゼロックスはどういう会社だ?」と聞いてみたところ、ほとんどの社員から「複写機を売る会社」だという答えが返ってきた。それに対して私は 、「我々は韓国のお客様のオフィス事務の生産性向上をもたらす会社であり、それを通じて韓国経済の発展に寄与する会社である」と諭した。

多くの企業がどのような価値を社会にもたらしているかが曖昧なまま経営しているが、日本企業は“ 自社の価値” を明確にしてビジョンを提示する姿勢が強くある。ビジョン提示は、社員のモチベーションやキャリアプランという視点からも非常に有効だと感じる。

人材育成に投資

日本企業は人材育成に積極的に投資することが強みだと感じる。 韓国企業の多くは、一部の大企業を除いて人材育成を軽視している傾向がある。あまり社内教育をやらないのである。私はゼロックスの場合、特に営業社員の育成こそが企業を成長させるエンジンになると考え、積極的に投資した。

まず、マーケティングという概念に 「セーラー」と「マーケッター」の二つを使い分けるようにした。「セーラー」というのは物を単純に販売する人であって、 「マーケッター」というのは顧客に対してソリューションやコンサルティングができる人である。

例えば、「御社のオフィス生産性を改善させるためにこういう問題点ありますね」と自ら問題点を調べて、きちんとソリューションやコンサルティングできる人が「マーケッター」である。 250人のダイレクト営業社員と代理店400社がいたが、多くの営業社員が「安くするから買ってください」という、地縁、学縁に頼る営業をしていた。

ダイレクト営業社員にはきちっとソリューションやコンサルタントができるマーケッターに育てるために、多額のお金と時間を投資した。今や、彼らはオフィスの生産性を改善する「マーケッター」として他社との差別化を図っている。 韓国企業は日本に比べて人材育成、即ち企業内教育に投資をしない気がする。

企業が行うべきR&Dには二つのタイプがあると思う。一つ目は技術開発のためのR&D投資のこと、二つ目は人材開発のためのR&D(営業教育)投資のこと。R&Dというと研究・開発を意味して、技術ばかりに偏りがちだが、マーケティングスキルを強化するためのR&D投資もある。そこに積極的に投資できることが日本企業の強みだと感じる。

日本型経営の強さは、プロセスを大事にすること、即ち、 「PDCA」サイクルを回すことにある。しかし、当時の韓国人社員はこの「PDCA」サイクルを回すことをまったく理解してくれなかった。韓国企業からは日本型経営は「PDCA」サイクルを回しているからスピードが遅いと揶揄する人がいるがそうではない。

最適なプランを作り、行動し、結果をチェックして、駄目だったら改善を行う。このPDCAを回すのが経営の基本サイクルである。要するに、インプルーブメント(改善)活動だが、韓国人は改善活動よりイノベーション、即ち改革、変革を好む。3年後、5年後の目標に向けてPDCAを徹底的に回して改善していくのが、日本型経営の特徴である。

そして、不具合が生じた時、「なぜ、なぜ…」と「なぜ」を5回繰り返すことで本当の原因を突き詰める。 真の原因をつぶさない限り再発防止にならない。このことは、日本が地震や台風が多い自然災害国だから自然と日本人には身に付いたのではないかと思う。韓国は地震もなければ自然災害も少ない環境に恵まれた国である。そうした良い環境が韓国企業経営を大陸的(大雑把)にしたのではないかと思う。

最後に、日本企業がグローバルでさらに活躍するために、最も重視すべきこととは何でしょうか?

日本企業が今後、世界で活躍するために重視すべきことは、「企業品質」という視点だと思う。これは製品の「品質」と同じように、企業にも「品質」があるという考え方である。製品に利便性・安全性・耐久性…のような様々な視点で品質を図る基準があるが、企業においても“ 総合的な品質” があると考えている。

企業の品質を測る物差しは何かと言うと、多くの方は業績に関する品質(各種の利益率など)を考えるだろう。しかし、業績はあくまで存続するための一つの手段でしかない。今や企業はすべてのステークホルダーのために企業の社会的責任を果たしていかなくてはならない。特に、有限の資源や生存のための環境問題などに配慮をして持続可能な発展をしていかねばならない。

社員満足、顧客満足・社会貢献などの総合的な成果の獲得を目指すこと、これが「企業品質」を高めることにつながる。私が韓国でCSRや顧客満足度・社員コミュニケーションを重視してきたのも根底にはこのような考え方があったからだ。

現在の日本企業を海外から見ていると、短期的な業績だけを重視した“ 不正会計事件” や、社員満足とは正反対の“ ブラック企業” が話題になったり、企業の永続性からは逸脱した「その場しのぎの経営」を行ったりしている企業がいくつか見られる。

そのような状況で、グローバル展開することは非常に困難であることを、韓国での経験で実感した。よって、日本企業には、グローバルな顧客・社会・従業員などのステークホルダーからの支持を基盤とした「企業品質の向上」が求められると考えている。

PROFILE

元韓国富士ゼロックス 代表取締役会長&CEO
高杉 暢也(たかすぎ のぶや)

金&張法律事務所常任顧問
SJC(Seoul Japan Club) 名誉顧問
日韓経済協会顧問 アジア太平洋政策研究院(外交通商部管轄)
政策諮問委員会委員 ソウル市外国人投資諮問会議諮問委員

【経歴】
1966年3月 早稲田大学第一商学部卒業
1966年4月 富士ゼロックス入社
1998年3月 韓国富士ゼロックス株式会社 代表取締役会長&CEO
2005年3月 韓国富士ゼロックス株式会社 最高顧問
2003年- 2005年 SJC(Seoul Japan Club) 理事長
2003年- 2005年 大統領國民經濟政策諮問会議諮問委員
2005年- 2008年 国民銀行社外理事
2004年- 現在 ソウル市外国人投資諮問会議諮問委員
2005年- 現在 アジア太平洋政策研究院(外交通商部管轄)、政策諮問委員会委員長