2018.8.6

変革人財の育成に苦戦する創業社長の苦悩

登場人物

社長 佐藤 淳次
●創業社長、60代後半
●創業以来、強いリーダーシップで会社を牽引
●消費者目線でアイデアを考え、実行へ落とし込むことが得意
●今後の組織改革に向け、人財育成が何より大切だと考えている

取締役 本間 政志
●経営企画部門の担当取締役、50代前半
●他社での実績を買われて、サトー・マートに入社
●前職においては、新規事業において大きな成果を残している
●今後の組織改革に向け、戦略立案が何より大切だと考えている

はじめに

結局、社長は何がやりたいんだ?

経営企画部門の担当取締役である本間政志は、営業本部の役員と食事をしながら、ため息をついた。「今、業界は大きな変革を遂げている。ドラッグストアや100円ショップ、家電量販店などカテゴリーキラーがどんどんと力を伸ばす中、わが社の売上は減収を続けている。経営人財の育成だと言うが、ボトムアップで改革なんてできるはずがない」

社長の方針に疑問を感じる本間取締役

佐藤社長はこれまで、消費者目線での新しいアイデアを次々と企画し、自らが強いリーダーシップを発揮することで店舗改革を実現し続け、厳しい市況下でも着実に成長を遂げてきた。しかし、今後を考えると、自分のやってきたことを次の世代に引き継がなければならないと感じていた。ミドルクラスを対象に経営改革チームを立ち上げ、社員にアイデアを出してもらい、改革の実行に取り組んでいたのである。

「確かに次の経営人財を育てることは大切だ。しかし、社員たちから出てくるアイデアは、既存の店舗運営の小さな改善レベルの内容にすぎないことが多い。それならまだ良いが、本当に効果があるかどうかわからないものも数多くある。社長はアイデアの数が必要だといって、いろいろ取り組んではいるけど、結局のところ、売上減少を止めるまでの打ち手にはなっていない」。取締役の本間は、また深いため息をつきながら話を続ける。

「それに、いつかファンドからも目をつけられるのではないだろうか。ファンドからすると、衰退期にあって変革がスピーディーに進まない会社は、絶好のターゲットだと聞く。うちには不動産もたくさんあるし、不採算店舗をどんどん切っていくことで、企業価値を高めることはできるだろう」。

本間も、変革のための人財育成ができれば良いことには同意であったが、改革が実現する前に手遅れになってしまうことを危惧していた。今は、ビジネスモデルを根本から変えるようなことをトップダウンで行った方が良いというのが、本間の考えであった。

変革を行う人財育成重視の佐藤社長

「変革のためには、変革を行う人財の育成が大切だ。これまでは自分がそれをずっと担ってきたが、将来のことを考えるともう限界がある。逆に、これまでは私ばかりが率先してみんなを引っ張ってきたため、現場は物事を考えなくなってしまった。うちは、大型店舗で地域の需要に応える総合スーパーマーケットとしてずっと成功してきた企業だ。店舗と地域のつながりを活かせば、必ず次の道はある」佐藤社長は、休憩室でコーヒーを飲みながら考え続ける。「そのためにも、今はとにかく新しいことにチャレンジさせることが大切だ。とにかくたくさんのアイデアを出させて、実行させよう。新しいビジネスのアイデアは常に現場にあるものだ。社長である私や経営幹部は口出しせず、彼らに任せ切ることが大切だ」。佐藤社長は、このように考え、経営改革チームを多数立ち上げていた。

ボトムアップで意見を考え、実行することはこれまでにない経験であったため、現場サイドは戸惑いながらも、盛り上がっていた。直近で話題となっていたのは、地域の人たちとの交流イベントである。大きな予算もかけ、半年がかりで企画準備をしてテスト開催をした。これは現場側からアイデアがあり、社長がぜひやってみろということで開催したものであり、イベント自体は無事成功を遂げた。しかし、一部の社員や役員の中には、これが売上回復に対してどれだけの効果があるのか、疑問を持つものもいた。また、このような小さなプロジェクトがあちらこちらで数多く立ち上がっていたため、業務時間の大半をそれらに取られ、振り回されてしまう社員も多数存在していた。

「売上が衰退しているからといって、人を切ることは絶対に行いたくない。雇用の安定は、経営者として絶対に守らなくてはならないことだ。人を切るくらいなら、どんどん新しいことに取り組んでもらい、売上拡大を果たしていこう」。佐藤社長はそう考え、人財育成を続けていた。

解決すべき課題と対策の方向性

現状の整理

人財育成によって改革を実現したい佐藤社長と、それに疑問を持つ本間取締役。佐藤社長としては、変革は人財育成によって起こすことだと確信している一方、本間取締役としては、人財育成だけでは根本的な改革にはならず現場レベルでの改善で終わってしまうこと、またスピードが追いつかないのではないかということを危惧している。佐藤社長の狙いにより、実際にさまざまなアイデアが出て実行はされていたが、それらがどれだけの効果があるのかの評価はされておらず、改革に疑問を持つ社員も存在していた。

変革実現の三つのフェーズ

佐藤社長の取り組みは、上図のフェーズ1に当たる。これまでは、社長のトップダウンのもと、既存業界のルールの上で競争してきた組織が、いきなりフェーズ3のビジネスモデル変革を考えていくことは難しい。まずは変革への土壌づくりをする上で、業界常識外の活動に対する壁を打ち破っていく必要があるため、佐藤社長が第一手として取り組んだことに間違いはない。

しかしながら、フェーズ1に止まっていては、改革は進まない。佐藤社長の考えるように、フェーズ1でまずはアイデアの量を重視し、発散させていくことが大切である。ただし、これを続けても、本間取締役が考えるような抜本的な改革とはならない。狙って次のフェーズに進むことが必要である。フェーズ2においては、変革のための活動を成果に結びつかせるため、これまで行ってきている活動のベクトルを合わせ、効果のある施策に集中していくことが求められる。そしてこれらを最終的にフェーズ3のビジネスモデル変革につなげていく必要がある。

そのためには、フェーズ2からは、ある程度のトップによる介入が求められる。成熟期にある産業において改革を実現するためには、既存事業の枠を飛び越え、自社のドメイン自体を変えるほどの取り組みがないと、変革とはならないケースがほとんどである。連続的な成長ではなく、非連続的な成長が求められるのである。しかし、これをボトムアップで行うことは難しい。そこで、フェーズ2においては、社長や経営幹部がその方向性を示しながら、フェーズ1で行ってきたことを結びつけていくことが必要となる。

なお、このフェーズにおいて大切となるのは、戦略を描くための選択肢を狭めないことだ。

これまでの大型店舗を活かした総合スーパーを維持すること、雇用を守ること、不動産業には展開しないこと、など戦略の可能性を狭めれば狭めるほど、変革への道は閉ざされてしまう。自社の価値を再定義し直し、将来のあるべき姿をトップが明確に描いた上で、社員達のこれまで取り組みを次のステージに導けるかどうかが、これまでのボトムアップでの改革を意味あるものにするか、無駄なものにしてしまうかの分かれ道となる。